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<title>日本語作文小論文検定</title> 
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<description>作文　小論文　読解　国語　日本語作文小論文検定試験</description> 
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<title>日本の文化力を高めるために</title> 
<description>　日本文化には優れた面があります。 
　その一つは、知的だということです。文盲率の低さももちろんですが、流通している書物の数量でも世界のトップクラスだと言われています。 
　もう一つは、温和で優し</description> 
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<![CDATA[ 　日本文化には優れた面があります。 
　その一つは、知的だということです。文盲率の低さももちろんですが、流通している書物の数量でも世界のトップクラスだと言われています。 
　もう一つは、温和で優しいということです。犯罪特に凶悪犯罪が少ないのは、日本に住む人（必ずしも日本人とはかぎらない）の性格から来ています。 
　もう一つは、誇りが高いということです。日本のリーダーは、聖徳太子の時代から、他国に媚びない自立した精神を持っていました。 
　しかし、これらの優れた文化は、自然に生まれたものではありません。文化というものは、やはり歴史的に形成されてきたものなのです。 
　その歴史の中核を担っていたのが、読書や言葉を尊ぶ文化です。日本文化は、優れた書物を読むことによって継承されてきたのです。 
　ところが、それがここに来て急速に崩れようとしています。 
　一つは、読書をしない若者が増えていることです。昔も今も、よく読む人の層は変わりません。変わったのは、読まない層です。本というものをほとんど読まない層が増えているのが現代の特徴です。本を読まない人の特徴は、会話に密度がないことです。本をよく読んでいる人が一言で言うことを、本を読まない人はその何倍もの言葉で話します。そういう人が最近増えているように思います。 
　もう一つの問題は、読む本が多すぎて良書が埋もれがちだということです。若い人が本を読む時間は限られています。その限られた時間に、一流の本を読むのではなく、入門書のような本ばかり読んで過ごしてしまう人が多いのです。若いときに難しい本を読まなければ、年をとってからそういう本を読むようになることはありません。若いときにこそ、限られた良書を優先して読む必要があります。 
　これらの問題を克服する道は、教育にあります。教育に高い関心を持つのは、日本文化のもう一つの特徴です。現在の教育は、受験教育が中心になっていますが、受験のための教育であっても、それをうまく読書や作文の力を伸ばす方向に生かしていけばいいのです。 
　日本語作文小論文研究会の目的は、教育の力によって日本に読書文化と作文文化を作り出すことです。その鍵となるものが、オープンソースの力です。多くの人の意見を吸収しながら、新しい日本文化を作っていきたいと思います。 ]]> 
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<dc:date>2008-03-10T03:27:52+09:00</dc:date> 
<dc:creator>中津原麟</dc:creator> 
<dc:publisher>Sakubun Kentei</dc:publisher> 
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<title>森リンが生まれた背景</title> 
<description>　作文検定で使われている文章自動採点ソフト森リンは、日本独自の技術として作られました。
　当時、アメリカでは既に小論文の自動採点ソフトe-raterが開発されていました。日本における自動採点ソフトも</description> 
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<![CDATA[ 　作文検定で使われている文章自動採点ソフト森リンは、日本独自の技術として作られました。
　当時、アメリカでは既に小論文の自動採点ソフトe-raterが開発されていました。日本における自動採点ソフトも、基本のアルゴリズムは、このe-raterに沿ったものでした。私は、そこに一抹の不安を感じたのです。
　かつて、日本では一太郎という優れたワープロソフトがありました。しかし、機能的には劣っていたマイクロソフトのワードに駆逐されてしまいました。その間の事情は、私自身がワープロ専用機からパソコンのワープロソフトに移行し始めた時期だったのでよく覚えています。
　一太郎の方が日本語にずっとなじんでいて、ワードは英語のワープロソフトをそのまま日本語に翻訳したような不自然さがありました。しかし、ワードには、同じマイクロソフト社のエクセルやアクセス（データベースソフト）に連携できるという長所がありました。私は、仕事の関係でどうしてもデータベースソフトを中心にする必要があったため、当時少数派だったワードを使うことを選択しました。その後の展開は、やはり他のアプリケーションと連動させられるマイクロソフトのワードが主流になる形で進みました。
　同じことは、ロータス１２３とエクセルの関係にも、ネットスケープとインターネットエクスプローラの関係にもあてはまります。
　この、自社製品で世界のすべてをカバーしようとするのは、マイクロソフト社の風土というよりも、アメリカの風土とも言えるものです。自社製品、つまり自分の価値観を世界に当てはめたいという勢力と、自分の価値観を自分の世界にとどめておきたいという勢力が対峙した場合、勝利するのは常に世界に広がろうとする側です。
　私は、文章自動採点ソフトという分野にも、同様のことが起こる可能性があると考えたのです。日本語は、今世界化の波とディジタル化の波に翻弄されています。日本語の文字コードだけでも、既にShift_JIS、EUC-JP、UTF-8などといくつもに分かれています。そして、そのほとんどが日本人の限られた参加の中で、主にアメリカの発案で進められているのです。
　日本人が、知的に優れた民族でありながら、コンピュータに関する分野ではどんどん後れを取っているのは、文字コードが分立しているためというのが一つの大きな理由です。日本人がコンピュータの学習を始める場合、日本語の文字コードによるトラブルに必ず遭遇します。このため、コンピュータの学習の底辺が広がらないのです。
　日本語に関することは、やはり日本語を母語とする人の手によって、日本の伝統を尊重しつつ改革されていかなければならないと思います。
　森リンが、日本独自の技術として作られた背景には、このような事情があったのです。 ]>
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<dc:date>2008-02-11T08:52:15+09:00</dc:date> 
<dc:creator>中津原麟</dc:creator> 
<dc:publisher>Sakubun Kentei</dc:publisher> 
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<title>作検のホームページを新しくしました</title> 
<description>　ページの上部に見出しのタブをつけて見やすくしました。 

　また、基本はウェブページですが、トラックバックなどのブログ機能もつけています。 

　まだメインコンテンツの一部しか掲載していませ</description> 
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<![CDATA[ 　ページの上部に見出しのタブをつけて見やすくしました。 

　また、基本はウェブページですが、トラックバックなどのブログ機能もつけています。 

　まだメインコンテンツの一部しか掲載していませんが、材料は豊富にあるので、これから少しずつ完成させていく予定です。  ]]> 
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<dc:subject></dc:subject> 
<dc:date>2006-06-09T19:22:13+09:00</dc:date> 
<dc:creator>中津原麟</dc:creator> 
<dc:publisher>Sakubun Kentei</dc:publisher> 
<dc:rights>中津原麟</dc:rights> 
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<title>社会人になってからも必要な文章力</title> 
<description>　高校生と話していると、「理科系だから国語や小論文はできなくてもいい」という生徒がときどきいます。確かに、現在の学校で行われている国語を見ると、文学的なものや情緒的なものに偏りすぎているので、そういう</description> 
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<![CDATA[ 　高校生と話していると、「理科系だから国語や小論文はできなくてもいい」という生徒がときどきいます。確かに、現在の学校で行われている国語を見ると、文学的なものや情緒的なものに偏りすぎているので、そういう印象を持つのかもしれません。しかし、国語や小論文とは、本来、文系の勉強ではなく、考える力を育てるという点ですべての教科の勉強の中心になるものです。　社会に出れば、文系・理系の区別とは関係なしに、さまざまな情報を読み取り、さまざまな考えを自分なりに表現していかなければなりません。特に、責任ある立場に立てば、「文章を書くのは苦手ですから」ということは言ってはいられません。　すでに、先進的な企業では、トップが部下に電子メールで直接指示をするというかたちの組織運営が日常的なものになっています。事務的な連絡だけならば箇条書きでも済みますが、複雑な問題を文章で伝えるためには、やはりある程度の文章力が必要になってきます。　英数国理社の勉強は「学生時代に勉強したけど、今は忘れちゃったなあ」でも済ませられますが、社会で活躍している人が、「文章を書くのは苦手なので、ちょっとだれか代筆を」では話になりません。　文章を書く力は、社会に出てから、より一層重要になってくるのです。 ]]> 
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<dc:date>2006-04-24T16:23:18+09:00</dc:date> 
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<dc:publisher>Sakubun Kentei</dc:publisher> 
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